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追悼 ルケン パシパミレ
2010-04-05 Mon 23:38
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昨年、来日して日本を沸かせた名ムビラプレイヤーがこの世を去った。
パシパミレ氏とは2001年からの付き合いで、初めて会ったのはハラレのハイフィールドにあるサムソン・ブーレ宅だった。その時、彼はムビラを作って生計を立てようとしていたときであった。当時、ハラレの安宿に滞在していた私はムビラに興味を持った旅行者にムビラ・メーカーやムビラ講師を紹介していて、そのことを話すと快く受け入れてくれ、毎日のように宿に足を運んでくれた。私は既に別の先生にムビラを習っていたが、彼の愛嬌のある性格に魅かれ、2曲ほど浮気をして、彼に習ったことがある。そのうちの1曲がムビラジャンクションの教本に入っている「タイレワ・カサワ」だ。
毎朝、教授時に聞こえてくるその軽やかで素敵な旋律に魅かれた。私はムビラの先生とは恋人と同じカテゴリーに入ると信じていたので、1週間ほど曲を習うのを我慢したが、我慢しきれず申し出てしまった。

彼の他界の知らせを受けたのはたまたまその時に訪れたガリカイ氏からであった。また、ガリカイ氏には新しい子供が誕生して幸せなひと時を迎えているときで、皮肉にも私はその新生児をみた後にパシパミレ氏の自宅があるハラレ近郊のマチュピサに直行しなければならなかった。

お通夜が終わって、サムソン・ブーレが一言「彼はヒーローだった」言った。
思い起こせば本当にムビラ普及の為に尽くした人生だったと思う。私が彼から学んだことは「人として自分自身に誇りを持って生きる」ことだった。4年前に結核で死の淵まで行って、帰って来た時は本当に強い人だなと思った。でも、あっけなく逝ってしまった。しかし、彼の蒔いた種は確実に芽が出て、大きく育っているのをお通夜で実感した。彼が受け継いできたビートは更に次の世代、そしてまた次の世代へと受け継がれていくのであろう。

先月、行ったムビラジャンクションのフェアウェル・パーティでは大好きな白ワインをもう一本おかわりするくらいに元気だったのに、残念でならない。上の写真はその時のパーティにて、右は盟友のシンボッティ氏。

去年、来日時に瀬戸内の島を案内した時、一緒にお墓参りをしてくれて、迷わず、墓前で私のご先祖さまの為にムビラを弾いてくれたことを思い出します。ルケン、あの時は本当にありがとう。あなたは本当に素敵な人でした。
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旅行者宿で教授するルケン氏 2002年

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ムビラについて熱く語る 2002年

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墓前にて 2009年
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